んですもの」と心細そうに答えた。
「向うじゃこっちに信用がないかも知れないが、こっちじゃまた向うに信用がないんだ」と宗助は威張って云い出したが、御米の俯目《ふしめ》になっている様子を見ると、急に勇気が挫《くじ》ける風に見えた。こんな問答を最初は月に一二返ぐらい繰り返していたが、後《のち》には二月《ふたつき》に一返になり、三月《みつき》に一返になり、とうとう、
「好《い》いや、小六さえどうかしてくれれば。あとの事はいずれ東京へ出たら、逢《あ》った上で話をつけらあ。ねえ御米、そうすると、しようじゃないか」と云い出した。
「それで、好《よ》ござんすとも」と御米は答えた。
宗助は佐伯の事をそれなり放ってしまった。単なる無心は、自分の過去に対しても、叔父に向って云い出せるものでないと、宗助は考えていた。したがってその方の談判は、始めからいまだかつて筆にした事がなかった。小六からは時々手紙が来たが、極《きわ》めて短かい形式的のものが多かった。宗助は父の死んだ時、東京で逢った小六を覚えているだけだから、いまだに小六を他愛《たわい》ない小供ぐらいに想像するので、自分の代理に叔父と交渉させようなどと云
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