然《いきなり》兼坊の受取った帽子を引ったくって、それを地面の上へ抛《な》げつけるや否や、馳《か》け上がるようにその上へ乗って、くしゃりと麦藁帽《むぎわらぼう》を踏み潰《つぶ》してしまった。宗助は縁から跣足《はだし》で飛んで下りて、小六の頭を擲《なぐ》りつけた。その時から、宗助の眼には、小六が小悪《こにく》らしい小僧として映った。
 二年の時宗助は大学を去らなければならない事になった。東京の家《うち》へも帰《か》えれない事になった。京都からすぐ広島へ行って、そこに半年ばかり暮らしているうちに父が死んだ。母は父よりも六年ほど前に死んでいた。だから後には二十五六になる妾《めかけ》と、十六になる小六が残っただけであった。
 佐伯から電報を受け取って、久しぶりに出京した宗助は、葬式を済ました上、家《うち》の始末をつけようと思ってだんだん調べて見ると、あると思った財産は案外に少なくって、かえって無いつもりの借金がだいぶあったに驚ろかされた。叔父の佐伯に相談すると、仕方がないから邸《やしき》を売るが好かろうと云う話であった。妾《めかけ》は相当の金をやってすぐ暇を出す事にきめた。小六は当分叔父の家に引
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