の方が惜しくなって来て、ついまた手を引込めて、じっとしているうちに日曜はいつか暮れてしまうのである。自分の気晴しや保養や、娯楽もしくは好尚《こうしょう》についてですら、かように節倹しなければならない境遇にある宗助が、小六のために尽さないのは、尽さないのではない、頭に尽す余裕《よゆう》のないのだとは、小六から見ると、どうしても受取れなかった。兄はただ手前勝手な男で、暇があればぶらぶらして細君と遊んでばかりいて、いっこう頼りにも力にもなってくれない、真底は情合《じょうあい》に薄い人だぐらいに考えていた。
けれども、小六がそう感じ出したのは、つい近頃の事で、実を云うと、佐伯との交渉が始まって以来の話である。年の若いだけ、すべてに性急な小六は、兄に頼めば今日明日《きょうあす》にも方《かた》がつくものと、思い込んでいたのに、何日《いつ》までも埒《らち》が明かないのみか、まだ先方へ出かけてもくれないので、だいぶ不平になったのである。
ところが今日帰りを待ち受けて逢《あ》って見ると、そこが兄弟で、別に御世辞も使わないうちに、どこか暖味《あたたかみ》のある仕打も見えるので、つい云いたい事も後廻しに
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