て、店から出て来た。
「何か御求めですか」と宗助が聞くと、
「いえ、何」と答えたまま、宗助と並んで家《うち》の方へ歩き出した。六七間来たとき、
「あの爺《じじ》い、なかなか猾《ずる》い奴ですよ。崋山《かざん》の偽物《にせもの》を持って来て押付《おっつけ》ようとしやがるから、今叱りつけてやったんです」と云い出した。宗助は始めて、この坂井も余裕《よゆう》ある人に共通な好事《こうず》を道楽にしているのだと心づいた。そうしてこの間売り払った抱一《ほういつ》の屏風《びょうぶ》も、最初からこう云う人に見せたら、好かったろうにと、腹の中で考えた。
「あれは書画には明るい男なんですか」
「なに書画どころか、まるで何も分らない奴です。あの店の様子を見ても分るじゃありませんか。骨董《こっとう》らしいものは一つも並んでいやしない。もとが紙屑屋《かみくずや》から出世してあれだけになったんですからね」
坂井は道具屋の素性《すじょう》をよく知っていた。出入《でいり》の八百屋の阿爺《おやじ》の話によると、坂井の家は旧幕の頃何とかの守《かみ》と名乗ったもので、この界隈《かいわい》では一番古い門閥家《もんばつか》なの
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