ごとく、互の心も離れ離れになったに違なかった。
ところがそれからまた二日置いて、三日目の暮れ方に、獺《かわうそ》の襟《えり》の着いた暖かそうな外套《マント》を着て、突然坂井が宗助の所へやって来た。夜間客に襲《おそ》われつけない夫婦は、軽微の狼狽《ろうばい》を感じたくらい驚ろかされたが、座敷へ上げて話して見ると、坂井は丁寧に先日の礼を述べた後《のち》、
「御蔭で取られた品物がまた戻りましたよ」と云いながら、白縮緬《しろちりめん》の兵児帯《へこおび》に巻き付けた金鎖を外《はず》して、両葢《りょうぶた》の金時計を出して見せた。
規則だから警察へ届ける事は届けたが、実はだいぶ古い時計なので、取られてもそれほど惜しくもないぐらいに諦《あき》らめていたら、昨日《きのう》になって、突然差出人の不明な小包が着いて、その中にちゃんと自分の失《な》くしたのが包《くる》んであったんだと云う。
「泥棒も持ち扱かったんでしょう。それとも余り金にならないんで、やむを得ず返してくれる気になったんですかね。何しろ珍らしい事で」と坂井は笑っていた。それから、
「何私から云うと、実はあの文庫の方がむしろ大切な品でして
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