驚ろかされる事があった。そうしてそれを思い合わせると、いつも似寄った刻限なので、必竟《ひっきょう》は毎朝同じ車が同じ所を通るのだろうと推測した。多分牛乳を配達するためかなどで、ああ急ぐに違ないときめていたから、この音を聞くと等しく、もう夜が明けて、隣人の活動が始ったごとくに、心丈夫になった。そうこうしていると、どこかで鶏《とり》の声が聞えた。またしばらくすると、下駄《げた》の音を高く立てて往来を通るものがあった。そのうち清《きよ》が下女部屋の戸を開けて厠《かわや》へ起きた模様だったが、やがて茶の間へ来て時計を見ているらしかった。この時床の間に置いた洋灯《ランプ》の油が減って、短かい心《しん》に届かなくなったので、御米の寝ている所は真暗になっていた。そこへ清の手にした灯火《あかり》の影が、襖《ふすま》の間から射し込んだ。
「清かい」と御米が声を掛けた。
 清はそれからすぐ起きた。三十分ほど経《た》って御米も起きた。また三十分ほど経って宗助もついに起きた。平常《いつも》は好い時分に御米がやって来て、
「もう起きてもよくってよ」と云うのが例であった。日曜とたまの旗日《はたび》には、それが、

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