しかし今眼が覚《さ》めるすぐ前に起った出来事で、けっして夢の続じゃないと考えた時、御米は急に気味を悪くした。そうして傍に寝ている夫の夜具の袖《そで》を引いて、今度は真面目《まじめ》に宗助を起し始めた。
宗助はそれまで全くよく寝ていたが、急に眼が覚《さ》めると、御米が、
「あなたちょっと起きて下さい」と揺《ゆす》っていたので、半分は夢中に、
「おい、好し」とすぐ蒲団《ふとん》の上へ起き直った。御米は小声で先刻《さっき》からの様子を話した。
「音は一遍した限《ぎり》なのかい」
「だって今したばかりなのよ」
二人はそれで黙った。ただじっと外の様子を伺っていた。けれども世間は森《しん》と静であった。いつまで耳を峙《そばだ》てていても、再び物の落ちて来る気色《けしき》はなかった。宗助は寒いと云いながら、単衣《ひとえ》の寝巻の上へ羽織を被《かぶ》って、縁側《えんがわ》へ出て、雨戸を一枚繰った。外を覗《のぞ》くと何にも見えない。ただ暗い中から寒い空気がにわかに肌に逼《せま》って来た。宗助はすぐ戸を閉《た》てた。
※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]《かきがね》をおろして座敷へ戻る
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