察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、何《ど》うしても旨《うま》いと云わなければなりません。此小説は主人公が東京へ出てからの心の変化に、前半程|緻密《ちみつ》な且《か》つ穏当な、芸術的描写が欠けているため、多少のむらがあると思いますが、世間でいう小説の意味から批判すると、或は圧巻の作かも知れません。
 要するに貴方の書き方は絹漉《きぬご》し豆腐のように、又婦人の餅肌《もちはだ》のように柔らかなのです、上部ばかり手触りが好いのかと思うと、中味迄ふくふくしているのです。線でいうと、外《ほか》の人の文章が直線で出来ているのに反して、あなたのは何処《どこ》も婉曲《えんきょく》な曲線の配合で成り立っているような気がします。しかも其曲線のカーヴが非常に細かいのです。外の人が一尺で継《つ》ぎ易《か》える所を、あなたは僅《わず》か一寸か二寸の長さで細かに調子よく継ぎ足しては前へ進んで行くとしか形容出来ません。其所《そこ》にあなたの作物には、他に発見する事の出来ないデリケートな美くしさが伏在しているのでしょう。もう一つ比喩を改めて云えば、あなたの文章は楷書《かいしょ》でなくって悉《ことごと》
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