律とか何とかいうものは要《い》らない、懲役にすることも要らない、そういう意味ではありませんよ。それは能《よ》く申しますると、如何に傍《はた》から見て気狂《きちがい》じみた不道徳な事を書いても、不道徳な風儀を犯しても、その経過を何にも隠さずに衒《てら》わずに腹の中をすっかりそのままに描き得たならば、その人はその人の罪が十分に消えるだけの立派な証明を書き得たものだと思っているから、さっきいったような、インデペンデントの主義標準を曲げないということは恕《ゆる》すべきものがあるといったような意味において、立派に恕すべきであるという事が出来ると、私は考えるのであります。
 しかしこういう風にインデペンデントの人というものは、恕すべく或時は貴《たっと》むべきものであるかも知れないけれども、その代りインデペンデントの精神というものは非常に強烈でなければならぬ。のみならずその強烈な上に持って来て、その背後には大変深い背景を背負った思想なり感情なりがなければならぬ。如何となれば、もし薄弱なる背景があるだけならば、徒《いたずら》にインデペンデントを悪用して、唯世の中に弊害を与えるだけで、成功はとても出来ないからである。
 此処《ここ》に成功という意味についても説明を要する。また強い背景という事についても説明を要するが、強い背景というものは何だというと、それは別なものではありません。例えば私なら私が世の中の仕来《しきた》りに反したことを、断言し、宣言し、そうしてそれを実行する。その時に、もしそれが根柢のない事を遣《や》っているならば、如何に私自身にはそれが必然の結果であり、私自身には必要であろうとも、人間として他の人のためにならない。何らの影響を与える事が出来ない。何らの影響を与える事が出来なければ、私は文字に現われたるインデペンデントであって、その文字に現われたるインデペンデントなことをして、最後に文字に現われたるインデペンデントで死ななければならない。人には何らの影響を与えざるのみならず、そのインデペンデントは人の感情を害し、法則というものに一種の波動を起して、人に一種の不愉快を醸《かも》させるに過ぎないのであります。それではどんな風な深い背景を有《も》っていなければならないかというと、例えば非常に個人主義のような仏蘭西《フランス》革命でも、明治改革でも宜《よろ》しゅう御座います。徳
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