えるのであります。そういう風にそれを道徳上にも応用が出来ます。それから芸術上は無論の事ですね。そんな例は沢山挙げても宜《よ》いけれども、時間がないから略して置きます。とにかく大変人は模倣を喜ぶものだということ、それは自分の意志からです、圧迫ではないのです。好《この》んで遣る、好んで模倣をするのです。
同時に世の中には、法律とか、法則とかいうものがあって、これは外圧的に人間というものを一束《ひとたば》にしようとする。貴方がたも一束にされて教育を受けている。十把一《じっぱひと》からげにして教育されている。そうしないと始末に終《お》えないから、やむをえず外圧的に皆さんを圧迫しているのである。これも一種の約束で、そうしないと教育上に困難であるからである。その約束、法則というものは政治上にも教育上にもソシャル・マナーの上にもある。飯を食べるのにサラサラグチャグチャは不可《いけ》ないという。そういうのはこれは法則でしょう。それから道徳の法則、これは当り前の話で、金を借りればどうしても返さねばならぬようになっている。それから芸術上の法則というのがある。これがまた在来の日本画だとか、御能《おのう》だとか、芝居の踊りだとかいうものには、非常に究屈《きゅうくつ》な面倒な固《かた》まった法則があって、動かすことが出来ないようになっております。それらの例を一々挙げると宜いのですが、それは一々挙げません。例を省《はぶ》くと詰らないものになりますが、早く済みますから、詰らなくして早く切り上げてしまおうと思う。
それから、法則というものは社会的にも道徳的にもまた法律的にもあるが、最も劇《はげ》しいのは軍隊である。芸術にでも総《すべ》てそういうような一種の法則というものがあって、それを守らなければならぬように周囲が吾人《ごじん》に責めるのであります。一方ではイミテーション、自分から進んで人の真似をしたがる。一方ではそういう法則があって、外の人から自分を圧迫して人に従わせる。この二つの原因があって、人間というものの特殊の性というものは失われて、平等なものになる傾きがある。その意味で私なら私が、人間全体を代表することが出来る資格を有《も》ち得るのであります。
私は人間を代表すると同時に私自身をも代表している。その私自身を代表しているという所から出立《しゅったつ》して考えて見ると、イミテーションと
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