いからね」
 薄暗くなった室《へや》の中で、叔父の顔が一番薄暗く見えた。津田は立って電灯のスウィッチを捩《ねじ》った。

        二十九

 いつの間にか勝手口へ出て、お金さんと下女を相手に皿小鉢《さらこばち》の音を立てていた叔母がまた茶の間へ顔を出した。
「由雄さん久しぶりだから御飯を食べておいで」
 津田は明日《あした》の治療を控えているので断って帰ろうとした。
「今日は小林といっしょに飯を食うはずになっているところへお前が来たのだから、ことによると御馳走《ごちそう》が足りないかも知れないが、まあつき合って行くさ」
 叔父にこんな事を云われつけない津田は、妙な心持がして、また尻《しり》を据《す》えた。
「今日は何事かあるんですか」
「何ね、小林が今度――」
 叔父はそれだけ云って、ちょっと小林の方を見た。小林は少し得意そうににやにやしていた。
「小林君どうかしたのか」
「何、君、なんでもないんだ。いずれきまったら君の宅《うち》へ行って詳《くわ》しい話をするがね」
「しかし僕は明日《あした》から入院するんだぜ」
「なに構わない、病院へ行くよ。見舞かたがた」
 小林は追いかけて
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