の隠袋《かくし》の中にあるビー玉が数珠《じゅず》を劇《はげ》しく揉《も》むように鳴った。背嚢《はいのう》の中では弁当箱だか教科書だかが互にぶつかり合う音がごとりごとりと聞こえた。
 彼は曲り角の黒板塀《くろいたべい》の所でちょっと立ちどまって鼬《いたち》のように津田をふり返ったまま、すぐ小さい姿を小路《こうじ》のうちに隠した。津田がその小路を行き尽して突《つ》きあたりにある藤井の門を潜《くぐ》った時、突然ドンという銃声が彼の一間ばかり前で起った。彼は右手の生垣《いけがき》の間から大事そうに彼を狙撃《そげき》している真事の黒い姿を苦笑をもって認めた。

        二十五

 座敷で誰かと話をしている叔父の声を聞いた津田は、格子《こうし》の間から一足の客靴を覗《のぞ》いて見たなり、わざと玄関を開けずに、茶の間の縁側《えんがわ》の方へ廻った。もと植木屋ででもあったらしいその庭先には木戸の用心も竹垣の仕切《しきり》もないので、同じ地面の中に近頃建て増された新らしい貸家の勝手口を廻ると、すぐ縁鼻《えんばな》まで歩いて行けた。目隠しにしては少し低過ぎる高い茶の樹を二三本通り越して、彼の記憶に
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