「しかしあなたは今朝いつもの時間に起きなかったじゃありませんか」
 清子はこの問をかけるや否や顔を上げた。
「あらどうしてそんな事を御承知なの」
「ちゃんと知ってるんです」
 清子はちょっと津田を見た眼をすぐ下へ落した。そうして綺麗《きれい》に剥いた林檎に刃を入れながら答えた。
「なるほどあなたは天眼通《てんがんつう》でなくって天鼻通《てんびつう》ね。実際よく利《き》くのね」
 冗談《じょうだん》とも諷刺《ふうし》とも真面目《まじめ》とも片のつかないこの一言《いちごん》の前に、津田は退避《たじろ》いだ。
 清子はようやく剥き終った林檎を津田の前へ押しやった。
「あなたいかが」

        百八十八

 津田は清子の剥《む》いてくれた林檎《りんご》に手を触れなかった。
「あなたいかがです、せっかく吉川の奥さんがあなたのためにといって贈ってくれたんですよ」
「そうね、そうしてあなたがまたわざわざそれをここまで持って来て下すったんですね。その御親切に対してもいただかなくっちゃ悪いわね」
 清子はこう云いながら、二人の間にある林檎の一片《ひときれ》を手に取った。しかしそれを口へ持って
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