命は善にもあれ悪にもあれ、はかないものであった。
「実はあなたを驚ろかした後で、すまない事をしたと思ったのです」
「じゃ止《よ》して下さればよかったのに」
「止せばよかったのです。けれども知らなければ仕方がないじゃありませんか。あなたがここにいらっしゃろうとは夢にも思いがけなかったのですもの」
「でも私への御土産《おみやげ》を持って、わざわざ東京から来て下すったんでしょう」
「それはそうです。けれども知らなかった事も事実です。昨夕は偶然お眼にかかっただけです」
「そうですか知ら」
 故意《こい》を昨夕の津田に認めているらしい清子の口吻《こうふん》が、彼を驚ろかした。
「だって、わざとあんな真似《まね》をする訳がないじゃありませんか、なんぼ僕が酔興《すいきょう》だって」
「だけどあなたはだいぶあすこに立っていらしったらしいのね」
 津田は水盤に溢《あふ》れる水を眺めていたに違《ちがい》なかった。姿見《すがたみ》に映るわが影を見つめていたに違なかった。最後にそこにある櫛《くし》を取って頭まで梳《か》いてぐずぐずしていたに違なかった。
「迷児《まいご》になって、行先が分らなくなりゃ仕方がない
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