、突然ぞっとして我に返った。もしそんな馬鹿げた立ち廻りが実際生活の表面に現われたらどうしようと考えた。彼は羞恥《しゅうち》と屈辱を遠くの方に感じた。それを象徴するために、頬《ほお》の内側が熱《ほて》って来るような気さえした。
 しかし彼の批判はそれぎり先へ進めなかった。他《ひと》に対して面目《めんぼく》を失う事、万一そんな不始末をしでかしたら大変だ。これが彼の倫理観の根柢《こんてい》に横《よこた》わっているだけであった。それを切りつめると、ついに外聞が悪いという意味に帰着するよりほかに仕方がなかった。だから悪い奴《やつ》はただ小林になった。
「おれに何の不都合《ふつごう》がある。彼奴《あいつ》さえいなければ」
 彼はこう云って想像の幕に登場した小林を責めた。そうして自分を不面目にするすべての責任を相手に背負《しょ》わせた。
 夢のような罪人に宣告を下した後《あと》の彼は、すぐ心の調子を入れ代えて、紙入の中から一枚の名刺を出した。その裏に万年筆で、「僕は静養のため昨夜《さくや》ここへ来ました」と書いたなり首を傾けた。それから「あなたがおいでの事を今朝《けさ》聴きました」と付け足してまた考
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