の傍《かたわら》に立った。彼らの到着は急であった。けれども騒々しくはなかった。眼界を遮《さえ》ぎる靄《もや》が、風の音も立てずにすうと晴れ渡る間から、彼は自分の視野を着実に見る事ができたのである。
 思いのほかに浪漫的《ロマンチック》であった津田は、また思いのほかに着実であった。そうして彼はその両面の対照に気がついていなかった。だから自己の矛盾を苦《く》にする必要はなかった。彼はただ決すればよかった。しかし決するまでには胸の中で一戦争しなければならなかった。――馬鹿になっても構わない、いや馬鹿になるのは厭《いや》だ、そうだ馬鹿になるはずがない。――戦争でいったん片づいたものが、またこういう風に三段となって、最後まで落ちて来た時、彼は始めて立ち上れるのである。
 人のいない大きな浴槽《よくそう》のなかで、洗うとも摩《こす》るとも片のつかない手を動かして、彼はしきりに綺麗《きれい》な温泉《ゆ》をざぶざぶ使った。

        百七十四

 その時不意にがらがらと開けられた硝子戸《ガラスど》の音が、周囲《あたり》をまるで忘れて、自分の中にばかり頭を突込《つっこ》んでいた津田をはっと驚ろか
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