此奴《こいつ》を君に読ませたいんだ。それももう当分君に会う機会がないから、今夜に限るんだ。僕と原君と話している間に、ちょっと読んでくれ。何|訳《わけ》ゃないやね、少し長いけれども」
封書を受取った津田の手は、ほとんど器械的に動いた。
百六十四
ペンで原稿紙へ書きなぐるように認《したた》められたその手紙は、長さから云っても、無論普通の倍以上あった。のみならず宛名《あてな》は小林に違なかったけれども、差出人は津田の見た事も聴《き》いた事もない全く未知の人であった。津田は封筒の裏表を読んだ後で、それがはたして自分に何の関係があるのだろうと思った。けれども冷やかな無関心の傍《かたわら》に起った一種の好奇心は、すぐ彼の手を誘った。封筒から引き抜いた十行二十字詰の罫紙《けいし》の上へ眼を落した彼は一気に読み下した。
「僕はここへ来た事をもう後悔しなければならなくなったのです。あなたは定めて飽《あき》っぽいと思うでしょう、しかしこれはあなたと僕の性質の差違から出るのだから仕方がないのです。またかと云わずに、まあ僕の訴えを聞いて下さい。女ばかりで夜《よる》が不用心《ぶようじん》
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