これは貴婦人だなんて鑑識があればあるほど、その男の苦痛は増して来るというんだ。なぜと云って見たまえ。しまいには、あれも厭《いや》、これも厭だろう。あるいはこれでなくっちゃいけない、あれでなくっちゃいけないだろう。窮屈千万じゃないか」
「しかしその窮屈千万が好きなら仕方なかろう」
「来たな、とうとう。食物《くいもの》だと相手にしないが、女の事になると、やっぱり黙っていられなくなると見えるね。そこだよ、そこを実際問題について、これから僕が論じようというんだ」
「もうたくさんだ」
「いやたくさんじゃないらしいぜ」
 二人は顔を見合わせて苦笑した。

        百六十

 小林は旨《うま》く津田を釣り寄せた。それと知った津田は考えがあるので、小林にわざと釣り寄せられた。二人はとうとう際《きわ》どい所へ入り込まなければならなくなった。
「例《たと》えばだね」と彼が云い出した。「君はあの清子《きよこ》さんという女に熱中していたろう。ひとしきりは、何《なん》でもかでもあの女でなけりゃならないような事を云ってたろう。そればかりじゃない、向うでも天下に君一人よりほかに男はないと思ってるように解釈し
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