うだという、つい昨日《きのう》の朝受けた新らしい感じまで思い出した。
「それにあんまり急いでいらっしったもんだから、つい二階まで取りに行けなかったのよ」
「実はおれの紙入の中にも、そうたくさん入ってる訳じゃないんだから、まあどっちにしたって大した変りはないんだがね」
 彼は蟇口の悪口《わるくち》ばかり云えた義理でもなかった。
 お延は手早く包紙を解いて、中から紅茶の缶《かん》と、麺麭《パン》と牛酪《バタ》を取り出した。
「おやおやこれ召《め》しゃがるの。そんなら時《とき》を取りにおやりになればいいのに」
「なにあいつじゃ分らない。何を買って来るか知れやしない」
 やがて好い香《におい》のするトーストと濃いけむりを立てるウーロン茶とがお延の手で用意された。
 朝飯《あさめし》とも午飯《ひるめし》とも片のつかない、極《きわ》めて単純な西洋流の食事を済ました後で、津田は独《ひと》りごとのように云った。
「今日は病気の報知かたがた無沙汰見舞《ぶさたみまい》に、ちょっと朝の内藤井の叔父《おじ》の所まで行って来《き》ようと思ってたのに、とうとう遅くなっちまった」
 彼の意味は仕方がないから午後にこ
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