あ》て篏《は》めて考えた。すると暗い不可思議な力が右に行くべき彼を左に押しやったり、前に進むべき彼を後《うし》ろに引き戻したりするように思えた。しかも彼はついぞ今まで自分の行動について他《ひと》から牽制《けんせい》を受けた覚《おぼえ》がなかった。する事はみんな自分の力でし、言う事はことごとく自分の力で言ったに相違なかった。
「どうしてあの女はあすこへ嫁に行ったのだろう。それは自分で行こうと思ったから行ったに違ない。しかしどうしてもあすこへ嫁に行くはずではなかったのに。そうしてこのおれはまたどうしてあの女と結婚したのだろう。それもおれが貰《もら》おうと思ったからこそ結婚が成立したに違ない。しかしおれはいまだかつてあの女を貰おうとは思っていなかったのに。偶然? ポアンカレーのいわゆる複雑の極致? 何だか解らない」
彼は電車を降りて考えながら宅《うち》の方へ歩いて行った。
三
角《かど》を曲って細い小路《こうじ》へ這入《はい》った時、津田はわが門前に立っている細君の姿を認めた。その細君はこっちを見ていた。しかし津田の影が曲り角から出るや否や、すぐ正面の方へ向き直った。
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