ひと》に洩《も》らした事のない事実に違いなかった。だから事実と云い条、その実は一個の秘密でもあった。それならばなぜ彼がこの明白な事実をわざと秘密に附していたのだろう。簡単に云えば、彼はなるべく己《おの》れを尊《とうと》く考がえたかったからである。愛の戦争という眼で眺めた彼らの夫婦生活において、いつでも敗者の位地《いち》に立った彼には、彼でまた相当の慢心があった。ところがお延のために征服される彼はやむをえず征服されるので、心《しん》から帰服するのではなかった。堂々と愛の擒《とりこ》になるのではなくって、常に騙《だま》し打《うち》に会っているのであった。お延が夫の慢心を挫《くじ》くところに気がつかないで、ただ彼を征服する点においてのみ愛の満足を感ずる通りに、負けるのが嫌《きらい》な津田も、残念だとは思いながら、力及ばず組み敷かれるたびに降参するのであった。この特殊な関係を、一夜《いちや》の苦説《くぜつ》が逆《さか》にしてくれた時、彼のお延に対する考えは変るのが至当であった。彼は今までこれほど猛烈に、また真正面に、上手《うわて》を引くように見えて、実は偽りのない下手《したで》に出たお延という
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