上部に取り付けられた電鈴《ベル》が鋭どい音を立てた時、彼は玄関の突き当りの狭い部屋から出る四五人の眼の光を一度に浴びた。窓のないその室《へや》は狭いばかりでなく実際暗かった。外部《そと》から急に入って来た彼にはまるで穴蔵のような感じを与えた。彼は寒そうに長椅子の片隅《かたすみ》へ腰をおろして、たった今暗い中から眼を光らして自分の方を見た人達を見返した。彼らの多くは室の真中に出してある大きな瀬戸物|火鉢《ひばち》の周囲《まわり》を取り巻くようにして坐っていた。そのうちの二人は腕組のまま、二人は火鉢の縁《ふち》に片手を翳《かざ》したまま、ずっと離れた一人はそこに取り散らした新聞紙の上へ甜《な》めるように顔を押し付けたまま、また最後の一人は彼の今腰をおろした長椅子の反対の隅に、心持|身体《からだ》を横にして洋袴《ズボン》の膝頭《ひざがしら》を重ねたまま。
 電鈴《ベル》の鳴った時申し合せたように戸口をふり向いた彼らは、一瞥《いちべつ》の後《のち》また申し合せたように静かになってしまった。みんな黙って何事をか考え込んでいるらしい態度で坐っていた。その様子が津田の存在に注意を払わないというよりも
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