み馴《な》れた彼女の眼には、ほとんど自分の無理というものが映らなかった。云えばたいていの事は通った。たまに通らなければ、意地で通すだけであった。ことに困るのは、自分の動機を明暸《めいりょう》に解剖して見る必要に逼《せま》られない彼女の余裕であった。余裕というよりもむしろ放慢な心の持方であった。他《ひと》の世話を焼く時にする自分の行動は、すべて親切と好意の発現で、そのほかに何の私《わたくし》もないものと、てんからきめてかかる彼女に、不安の来《く》るはずはなかった。自分の批判はほとんど当初から働らかないし、他《ひと》の批判は耳へ入らず、また耳へ入れようとするものもないとなると、ここへ落ちて来るのは自然の結果でもあった。
夫人の前に押しつめられた時、津田の胸に、これだけの考えが蜿蜒《うねく》り廻ったので、埒《らち》はますます開《あ》かなかった。彼の様子を見た夫人は、ついに笑い出した。
「何をそんなにむずかしく考えてるんです。おおかた私《わたし》がまた無理でも云い出すんだと思ってるんでしょう。なんぼ私だってあなたにできっこないような不法は考えやしませんよ。あなたがやろうとさえ思えば、訳なくで
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