手前があるように、お延にも津田におく気兼《きがね》があったので、それが真向《まとも》に双方を了解できる聡明《そうめい》な彼の頭を曇らせる原因になった。女の挨拶《あいさつ》に相当の割引をして見る彼も、そこにはつい気がつかなかったため、彼は自分の前でする夫人のお延評を真《ま》に受けると同時に、自分の耳に聴《き》こえるお延の夫人評もまた疑がわなかった。そうしてその評は双方共に美くしいものであった。
二人の女性が二人だけで心の内に感じ合いながら、今までそれを外に現わすまいとのみ力《つと》めて来た微妙な軋轢《あつれき》が、必然の要求に逼《せま》られて、しだいしだいに晴れ渡る靄《もや》のように、津田の前に展開されなければならなくなったのはこの時であった。
津田は夫人に向って云った。
「別段大事にするほどの女房でもありませんから、その辺の御心配は御無用です」
「いいえそうでないようですよ。世間じゃみんなそう思ってますよ」
世間という仰山《ぎょうさん》な言葉が津田を驚ろかせた。夫人は仕方なしに説明した。
「世間って、みんなの事よ」
津田にはそのみんなさえ明暸《めいりょう》に意識する事ができなか
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