二階の上《あが》り口《ぐち》の所に出て、そこから下にいる細君を呼んだ。
「お延お前の所に日本の巻紙と状袋があるかね。あるならちょいとお貸し」
「日本の?」
細君の耳にはこの形容詞が変に滑稽《こっけい》に聞こえた。
「女のならあるわ」
津田はまた自分の前に粋《いき》な模様入の半切《はんきれ》を拡《ひろ》げて見た。
「これなら気に入るかしら」
「中さえよく解るように書いて上げたら紙なんかどうでもよかないの」
「そうは行かないよ。御父さんはあれでなかなかむずかしいんだからね」
津田は真面目《まじめ》な顔をしてなお半切を見つめていた。お延の口元には薄笑いの影が差《さ》した。
「時《とき》をちょいと買わせにやりましょうか」
「うん」
津田は生返事《なまへんじ》をした。白い巻紙と無地の封筒さえあれば、必ず自分の希望が成功するという訳にも行かなかった。
「待っていらっしゃい。じきだから」
お延はすぐ下へ降りた。やがて潜《くぐ》り戸《ど》が開《あ》いて下女の外へ出る足音が聞こえた。津田は必要の品物が自分の手に入るまで、何もせずに、ただ机の前に坐って煙草《たばこ》を吹かした。
彼の頭は勢い彼
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