ね」
「まあないね」と云い放った津田は、わざとそっぽを向いた。
「ないかね。どこかにありそうなもんだがな」
「ないよ。近頃は不景気だから」
「君はどうだい。世間はとにかく、君だけはいつも景気が好さそうじゃないか」
「馬鹿云うな」
岡本から貰った小切手も、お秀の置いて行った紙包も、みんなお延に渡してしまった後《あと》の彼の財布は空《から》と同じ事であった。よしそれが手元にあったにしたところで、彼はこの場合小林のために金銭上の犠牲を払う気は起らなかった。第一事がそこまで切迫して来ない限り、彼は相談に応ずる必要を毫《ごう》も認めなかった。
不思議に小林の方でも、それ以上津田を押さなかった。その代り突然妙なところへ話を切り出して彼を驚ろかした。
その朝藤井へ行った彼は、そこで例《いつ》もするように昼飯の馳走《ちそう》になって、長い時間を原稿の整理で過ごしているうちに、玄関の格子《こうし》が開《あ》いたので、ひょいと自分で取次に出た。そうしてそこに偶然お秀の姿を見出《みいだ》したのである。
小林の話をそこまで聴いた時、津田は思わず腹の中で「畜生ッ先廻りをしたな」と叫んだ。しかしただそれだ
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