て何を意味しているか津田には解《わか》らなかった。
彼は今の自分にもっと親切な事を頭の中で考えなければならなかった。彼は吉川夫人の姿を憶《おも》い浮べた。彼の未来、それを眼の前に描き出すのは、あまりに漠然《ばくぜん》過ぎた。それを纏《まと》めようとすると、いつでも吉川夫人が現われた。平生から自分の未来を代表してくれるこの焦点にはこの際特別な意味が附着していた。
一にはこの間訪問した時からの引《ひっ》かかりがあった。その時二人の間に封じ込められたある問題を、ぽたりと彼の頭に点じたのは彼女であった。彼にはその後《あと》を聴《き》くまいとする努力があった。また聴こうとする意志も動いた。すでに封を切ったものが彼女であるとすれば、中味を披《ひら》く権利は自分にあるようにも思われた。
二には京都の事が気になった。軽重《けいちょう》を別にして考えると、この方がむしろ急に逼《せま》っていた。一日も早く彼女に会うのが得策のようにも見えた。まだ四五日はどうしても動く事のできない身体《からだ》を持ち扱った彼は、昨日《きのう》お延の帰る前に、彼女を自分の代りに夫人の所へやろうとしたくらいであった。それは
前へ
次へ
全746ページ中424ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング