れなかった。したがってお延の聴《き》こうとする談話は、聴くに都合の好くない見当《けんとう》、すなわち彼女の後《うしろ》の方から洩《も》れて来るのであった。
彼女はそっと階子段を上《のぼ》った。柔婉《しなやか》な体格《からだ》をもった彼女の足音は猫のように静かであった。そうして猫と同じような成効《せいこう》をもって酬《むく》いられた。
上《あが》り口《ぐち》の一方には、落ちない用心に、一間ほどの手欄《てすり》が拵《こしら》えてあった。お延はそれに倚《よ》って、津田の様子を窺《うかが》った。するとたちまち鋭どいお秀の声が彼女の耳に入《い》った。ことに嫂《ねえ》さんがという特殊な言葉が際立《きわだ》って鼓膜《こまく》に響いた。みごとに予期の外《はず》れた彼女は、またはっと思わせられた。硬い緊張が弛《ゆる》む暇《いとま》なく再び彼女を襲って来た。彼女は津田に向ってお秀の口から抛《な》げつけられる嫂さんというその言葉が、どんな意味に用いられているかを知らなければならなかった。彼女は耳を澄ました。
二人の語勢は聴いているうちに急になって来た。二人は明らかに喧嘩《けんか》をしていた。その喧嘩の
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