た。
「電話で釣るんだ」
 彼はすぐこう思った。昨日の朝もかけ、今日の朝もかけ、ことによると明日《あした》の朝も電話だけかけておいて、さんざん人の心を自分の方に惹《ひ》き着けた後で、ひょっくり本当の顔を出すのが手だろうと鑑定した。お延の彼に対する平生の素振《そぶり》から推して見ると、この類測に満更《まんざら》な無理はなかった。彼は不用意の際に、突然としてしかも静粛《しとやか》に自分を驚ろかしに這入《はい》って来るお延の笑顔さえ想像した。その笑顔がまた変に彼の心に影響して来る事も彼にはよく解っていた。彼女は一刹那《いっせつな》に閃《ひら》めかすその鋭どい武器の力で、いつでも即座に彼を征服した。今まで持《も》ち応《こた》えに持ち応え抜いた心機をひらりと転換させられる彼から云えば、見す見す彼女の術中に落ち込むようなものであった。
 彼はお秀の注意もかかわらず、電話をそのままにしておいた。
「なにどうせ用じゃないんだ。構わないよ。放《ほう》っておけ」
 この挨拶《あいさつ》がまたお秀にはまるで意外であった。第一はズボラを忌《い》む兄の性質に釣り合わなかった。第二には何でもお延の云いなり次第にな
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