そう云う訳でもないですが、何だか意味のあるような、またないような訊《き》き方をしておいて、わざとその後《あと》をおっしゃらないんだから」
「後なんかありゃしないわよ。いったいあなたはあんまり研究家だから駄目ね。学問をするには研究が必要かも知れないけれども、交際に研究は禁物《きんもつ》よ。あなたがその癖をやめると、もっと人好《ひとずき》のする好い男になれるんだけれども」
津田は少し痛かった。けれどもそれは彼の胸に来る痛さで、彼の頭に応《こた》える痛さではなかった。彼の頭はこの露骨な打撃の前に冷然として相手を見下《みくだ》していた。細君は微笑した。
「嘘《うそ》だと思うなら、帰ってあなたの奥さんに訊《き》いて御覧遊ばせ。お延さんもきっと私と同意見だから。お延さんばかりじゃないわ、まだほかにもう一人あるはずよ、きっと」
津田の顔が急に堅くなった。唇《くちびる》の肉が少し動いた。彼は眼を自分の膝《ひざ》の上に落したぎり何も答えなかった。
「解ったでしょう、誰だか」
細君は彼の顔を覗《のぞ》き込むようにして訊《き》いた。彼は固《もと》よりその誰であるかをよく承知していた。けれども細君の云う
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