戯《からか》った。機嫌《きげん》の好い時はなおさらであった。津田も折々は向うを調戯い返した。けれども彼の見た細君の態度には、笑談《じょうだん》とも真面目《まじめ》とも片のつかない或物が閃《ひら》めく事がたびたびあった。そんな場合に出会うと、根強い性質《たち》に出来上っている彼は、談話の途中でよく拘泥《こだわ》った。そうしてもし事情が許すならば、どこまでも話の根を掘《ほ》じって、相手の本意を突き留めようとした。遠慮のためにそこまで行けない時は、黙って相手の顔色だけを注視した。その時の彼の眼には必然の結果としていつでも軽い疑いの雲がかかった。それが臆病にも見えた。注意深くも見えた。または自衛的に慢《たか》ぶる神経の光を放つかのごとくにも見えた。最後に、「思慮に充《み》ちた不安」とでも形容してしかるべき一種の匂も帯びていた。吉川の細君は津田に会うたんびに、一度か二度きっと彼をそこまで追い込んだ。津田はまたそれと自覚しながらいつの間《ま》にかそこへ引《ひ》き摺《ず》り込まれた。
「奥さんはずいぶん意地が悪いですね」
「どうして? あなた方《がた》の御年歯《おとし》を伺ったのが意地が悪いの」
「
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