ようとして、ちょっと眼を医者の上に据《す》えた。医者は動かなかった。
「どうしてそれが分るんですか。ただの診察で分るんですか」
「ええ。診察《み》た様子で分ります」
その時看護婦が津田の後《あと》に廻った患者の名前を室《へや》の出口に立って呼んだ。待ち構えていたその患者はすぐ津田の背後に現われた。津田は早く退却しなければならなくなった。
「じゃいつその根本的手術をやっていただけるでしょう」
「いつでも。あなたの御都合の好い時でようござんす」
津田は自分の都合を善く考えてから日取をきめる事にして室外に出た。
二
電車に乗った時の彼の気分は沈んでいた。身動きのならないほど客の込み合う中で、彼は釣革《つりかわ》にぶら下りながらただ自分の事ばかり考えた。去年の疼痛《とうつう》がありありと記憶の舞台《ぶたい》に上《のぼ》った。白いベッドの上に横《よこた》えられた無残《みじめ》な自分の姿が明かに見えた。鎖を切って逃げる事ができない時に犬の出すような自分の唸《うな》り声が判然《はっきり》聴えた。それから冷たい刃物の光と、それが互に触れ合う音と、最後に突然両方の肺臓から一度に
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