余ってる国よ、あなた。お嫁なんかどんなのでもそこいらにごろごろ転がってるじゃありませんか」
お延はこう云ったあとで、これは少し云い過ぎたと思った。しかし相手は平気であった。もっと強くて烈《はげ》しい言葉に平生から慣れ抜いている彼の神経は全く無感覚であった。
「いくら女が余っていても、これから駈《か》け落《おち》をしようという矢先ですからね、来ッこありませんよ」
駈落という言葉が、ふと芝居でやる男女二人《なんにょふたり》の道行《みちゆき》をお延に想《おも》い起させた。そうした濃厚な恋愛を象《かた》どる艶《なま》めかしい歌舞伎姿《かぶきすがた》を、ちらりと胸に描いた彼女は、それと全く縁の遠い、他《ひと》の着古した外套《がいとう》を貰うために、今自分の前に坐っている小林を見て微笑した。
「駈落《かけおち》をなさるのなら、いっそ二人でなすったらいいでしょう」
「誰とです」
「そりゃきまっていますわ。奥さんのほかに誰も伴《つ》れていらっしゃる方はないじゃありませんか」
「へえ」
小林はこう云ったなり畏《かしこ》まった。その態度が全くお延の予期に外《はず》れていたので、彼女は少し驚ろかされた
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