の前に飾ってある大事な一輪挿《いちりんざし》を引《ひ》っ繰《く》り返《かえ》した。紫檀《したん》の台からころころと転がり出したその花瓶《かびん》は、中にある水を所嫌《ところきら》わず打《う》ち空《あ》けながら畳の上に落ちた。二人はようやく手を引いた。そうして自然の位置から不意に放《ほう》り出《だ》された可愛らしい花瓶を、同じように黙って眺めた。それから改めて顔を見合せるや否や、急に抵抗する事のできない衝動を受けた人のように、一度に笑い出した。
七十一
偶然の出来事がお延をなお小供らしくした。津田の前でかつて感じた事のない自由が瞬間に復活した。彼女は全く現在の自分を忘れた。
「継子さん早く雑巾《ぞうきん》を取っていらっしゃい」
「厭よ。あなたが零《こぼ》したんだから、あなた取っていらっしゃい」
二人はわざと譲り合った。わざと押問答をした。
「じゃジャン拳《けん》よ」と云い出したお延は、繊《ほそ》い手を握って勢よく継子の前に出した。継子はすぐ応じた。宝石の光る指が二人の間にちらちらした。二人はそのたんびに笑った。
「狡猾《ずる》いわ」
「あなたこそ狡猾いわ」
しま
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