《くらし》を覚えていて、同年輩の今の若いものも、万事自分のして来た通りにしなければならないように考えるんだからね。そりゃ御父さんの三十もおれの三十も年歯《とし》に変りはないかも知れないが、周囲《ぐるり》はまるで違っているんだからそうは行かないさ。いつかも会へ行く時会費はいくらだと訊《き》くから五円だって云ったら、驚ろいて恐ろしいような顔をした事があるよ」
津田は平生《ふだん》からお延が自分の父を軽蔑《けいべつ》する事を恐れていた。それでいて彼は彼女の前にわが父に対する非難がましい言葉を洩《も》らさなければならなかった。それは本当に彼の感じた通りの言葉であった。同時にお延の批判に対して先手を打つという点で、自分と父の言訳にもなった。
「で今月はどうするの。ただでさえ足りないところへ持って来て、あなたが手術のために一週間も入院なさると、またそっちの方でもいくらかかかるでしょう」
夫の手前老人に対する批評を憚《はば》かった細君の話頭《わとう》は、すぐ実際問題の方へ入って来た。津田の答は用意されていなかった。しばらくして彼は小声で独語《ひとりごと》のように云った。
「藤井の叔父に金があると
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