は夫人の方を向いて静かに云った。
「ええ何でも致しましょう」
「ええ何でもなさい。黙ってちゃいけません」
 命令的なこの言葉がみんなを笑わせた。
「また独逸《ドイツ》を逃げ出した話でもするがいい」
 吉川はすぐ細君の命令を具体的にした。
「独逸を逃げ出した話も、何度となく繰《く》り返《かえ》すんでね、近頃はもう他《ひと》よりも自分の方が陳腐《ちんぷ》になってしまいました」
「あなたのような落ちついた方《かた》でも、少しは周章《あわて》たでしょうね」
「少しどころなら好いですが、ほとんど夢中でしたろう。自分じゃよく分らないけれども」
「でも殺されるとは思わなかったでしょう」
「さよう」
 三好が少し考えていると、吉川はすぐ隣りから口を出した。
「まさか殺されるとも思うまいね。ことにこの人は」
「なぜです。人間がずうずうしいからですか」
「という訳でもないが、とにかく非常に命を惜しがる男だから」
 継子が下を向いたままくすくす笑った。戦争前後に独逸を引き上げて来た人だという事だけがお延に解った。

        五十三

 三好を中心にした洋行談がひとしきり弾《はず》んだ。相間《あいま》
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