、いない、どこかへ行っちまった。あの奥さんなら二人前《ににんまえ》ぐらい肥《ふと》ってるんだから、すぐ分るはずだけれども、やっぱりいないわよ」
そう云いながら百合子は象牙の眼鏡を下へ置いた。綺麗《きれい》な友染模様《ゆうぜんもよう》の背中が隠れるほど、帯を高く背負《しょ》った令嬢としては、言葉が少しもよそゆきでないので、姉はおかしさを堪《こら》えるような口元に、年上らしい威厳を示して、妹を窘《たし》なめた。
「百合子さん」
妹は少しも応《こた》えなかった。例の通りちょっと小鼻を膨《ふく》らませて、それがどうしたんだといった風の表情をしながら、わざと継子を見た。
「あたしもう帰りたくなったわ。早くお父さまが来てくれると好いんだけどな」
「帰りたければお帰りよ。お父さまがいらっしゃらなくっても構わないから」
「でもいるわ」
百合子はやはり動かなかった。子供でなくってはふるまいにくいこの腕白らしい態度の傍《かたわら》に、お延が年相応の分別《ふんべつ》を出して叔母に向った。
「あたしちょっと行って吉川さんの奥さんに御挨拶《ごあいさつ》をして来ましょうか。澄《す》ましていちゃ悪いわね」
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