げるようにした。
「入院? 入院なさるんじゃないでしょう」
「まあ入院さ」
「だって小林さんは病院じゃないっていつかおっしゃったじゃないの。みんな外来の患者ばかりだって」
「病院というほどの病院じゃないが、診察所の二階が空《あ》いてるもんだから、そこへ入《は》いる事もできるようになってるんだ」
「綺麗《きれい》?」
津田は苦笑した。
「自宅《うち》よりは少しあ綺麗かも知れない」
今度は細君が苦笑した。
五
寝る前の一時間か二時間を机に向って過ごす習慣になっていた津田はやがて立ち上った。細君は今まで通りの楽な姿勢で火鉢《ひばち》に倚《よ》りかかったまま夫を見上げた。
「また御勉強?」
細君は時々立ち上がる夫に向ってこう云った。彼女がこういう時には、いつでもその語調のうちに或物足らなさがあるように津田の耳に響いた。ある時の彼は進んでそれに媚《こ》びようとした。ある時の彼はかえって反感的にそれから逃《のが》れたくなった。どちらの場合にも、彼の心の奥底には、「そう御前のような女とばかり遊んじゃいられない。おれにはおれでする事があるんだから」という相手を見縊《みくび》
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