田を見た。
「うん、あいつも可哀相《かわいそう》だけれども仕方がない。つまりこんなやくざな兄貴《あにき》をもったのが不仕合せだと思って、諦《あき》らめて貰うんだ」
「君がいなくったって、叔父や叔母がどうかしてくれるんだろう」
「まあそんな事になるよりほかに仕方がないからな。でなければこの結婚を断って、いつまでも下女代りに、先生の宅《うち》で使って貰うんだが、――そいつはまあどっちにしたって同じようなもんだろう。それより僕はまだ先生に気の毒な事があるんだ。もし行くとなると、先生から旅費を借りなければならないからね」
「向うじゃくれないのか」
「くれそうもないな」
「どうにかして出させたら好いだろう」
「さあ」
 一分ばかりの沈黙を破った時、彼はまた独《ひと》り言《ごと》のように云った。
「旅費は先生から借りる、外套《がいとう》は君から貰う、たった一人の妹は置《お》いてき堀《ぼり》にする、世話はないや」
 これがその晩小林の口から出た最後の台詞《せりふ》であった。二人はついに分れた。津田は後《あと》をも見ずにさっさと宅の方へ急いだ。

        三十八

 彼の門は例《いつも》の通り
前へ 次へ
全746ページ中125ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング