さが、貧苦という塵埃《ほこり》で汚《よご》れているだけなんだ。つまり湯に入れないから穢《きた》ないんだ。馬鹿にするな」
小林の語気は、貧民の弁護というよりもむしろ自家《じか》の弁護らしく聞こえた。しかしむやみに取り合ってこっちの体面を傷《きずつ》けられては困るという用心が頭に働くので、津田はわざと議論を避けていた。すると小林がなお追《おっ》かけて来た。
「君は黙ってるが僕のいう事を信じないね。たしかに信じない顔つきをしている。そんなら僕が説明してやろう。君は露西亜《ロシア》の小説を読んだろう」
露西亜の小説を一冊も読んだ事のない津田はやはり何とも云わなかった。
「露西亜の小説、ことにドストエヴスキの小説を読んだものは必ず知ってるはずだ。いかに人間が下賤《げせん》であろうとも、またいかに無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれるほどありがたい、そうして少しも取り繕《つくろ》わない、至純至精の感情が、泉のように流れ出して来る事を誰でも知ってるはずだ。君はあれを虚偽と思うか」
「僕はドストエヴスキを読んだ事がないから知らないよ」
「先生に訊《き》くと、先生はありゃ嘘《うそ》
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