ただ甘ったれたのよ」
黙った津田はなおしばらく細君から眼を放さなかった。
「何だってそんなむずかしい顔をして、あたしを御覧になるの。――芝居はもうやめるから、この次の日曜に小林さんに行って手術を受けていらっしゃい。それで好いでしょう。岡本へは二三日中《にさんちじゅう》に端書《はがき》を出すか、でなければ私がちょっと行って断わって来ますから」
「御前は行ってもいいんだよ。せっかく誘ってくれたもんだから」
「いえ私も止《よ》しにするわ。芝居よりもあなたの健康の方が大事ですもの」
津田は自分の受けべき手術についてなお詳《くわ》しい話を細君にしなければならなかった。
「手術ってたって、そう腫物《できもの》の膿《うみ》を出すように簡単にゃ行かないんだよ。最初|下剤《げざい》をかけてまず腸を綺麗《きれい》に掃除しておいて、それからいよいよ切開すると、出血の危険があるかも知れないというので、創口《きずぐち》へガーゼを詰《つ》めたまま、五六日の間はじっとして寝ているんだそうだから。だからたといこの次の日曜に行くとしたところで、どうせ日曜一日じゃ済まないんだ。その代り日曜が延びて月曜になろうとも火曜
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