さんがだね。どういう訳でそんな大決心をしたかというとだね」
そろそろ酔の廻った叔父は、火熱《ほて》った顔へ水分を供給する義務を感じた人のように、また洋盃《コップ》を取り上げて麦酒《ビール》をぐいと飲んだ。
「実を云うとその訳を今日《きょう》までまだ誰にも話した事がないんだが、どうだ一つ話して聞かせようか」
「ええ」
津田も半分は真面目であった。
「実はだね。この叔母さんはこれでこのおれに意《い》があったんだ。つまり初めからおれの所へ来たかったんだね。だからまだ来ないうちから、もう猛烈に自分の覚悟をきめてしまったんだ。――」
「馬鹿な事をおっしゃい。誰があなたのような醜男《ぶおとこ》に意《い》なんぞあるもんですか」
津田も小林も吹き出した。独《ひと》りきょとんとした真事は叔母の方を向いた。
「お母さん意があるって何」
「お母さんは知らないからお父さんに伺って御覧」
「じゃお父さん、何さ、意があるってのは」
叔父はにやにやしながら、禿《は》げた頭の真中を大事そうに撫《な》で廻した。気のせいかその禿が普通の時よりは少し赤いように、津田の眼に映った。
「真事、意があるってえのはね。――
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