しく見えた。
「由雄さん、お前さん自分で奥さんを貰う時、やっぱりそんな料簡《りょうけん》で貰ったの」
叔母の質問は突然であると共に、どういう意味でかけられたのかさえ津田には見当《けんとう》がつかなかった。
「そんな料簡《りょうけん》って、叔母さんだけ承知しているぎりで、当人の僕にゃ分らないんだから、ちょっと返事のしようがないがな」
「何も返事を聞かなくったって、叔母さんは困りゃしないけれどもね。――女一人を片づける方《ほう》の身になって御覧なさい。たいていの事じゃないから」
藤井は四年|前《ぜん》長女を片づける時、仕度《したく》をしてやる余裕がないのですでに相当の借金をした。その借金がようやく片づいたと思うと、今度はもう次女を嫁にやらなければならなくなった。だからここでもしお金さんの縁談が纏《まと》まるとすれば、それは正に三人目の出費《ものいり》に違なかった。娘とは格が違うからという意味で、できるだけ倹約したところで、現在の生計向《くらしむき》に多少苦しい負担の暗影を投げる事はたしかであった。
二十七
こういう時に、せめて費用の半分でも、津田が進んで受け持つ事ができたなら、年頃彼の世話をしてきた藤井夫婦にとっては定めし満足な報酬であったろう。けれども今のところ財力の上で叔父叔母に捧げ得る彼の同情は、高々|真事《まこと》の穿《は》きたがっているキッドの靴を買ってやるくらいなものであった。それさえ彼は懐都合《ふところつごう》で見合せなければならなかったのである。まして京都から多少の融通を仰《あお》いで、彼らの経済に幾分の潤沢《うるおい》をつけてやろうなどという親切気はてんで起らなかった。これは自分が事情を報告したところで動く父でもなし、父が動いたところで借りる叔父でもないと頭からきめてかかっているせいでもあった。それで彼はただ自分の所へさえ早く為替《かわせ》が届いてくれればいいという期待に縛《しば》られて、叔母の言葉にはあまり感激した様子も見せなかった。すると叔母が「由雄《よしお》さん」と云い出した。
「由雄さん、じゃどんな料簡で奥さんを貰《もら》ったの、お前さんは」
「まさか冗談《じょうだん》に貰やしません。いくら僕だってそう浮《ふわ》ついたところばかりから出来上ってるように解釈されちゃ可哀相《かわいそう》だ」
「そりゃ無論本気でしょうよ。無論本気には違なかろうけれどもね、その本気にもまたいろいろ段等《だんとう》があるもんだからね」
相手次第では侮辱とも受け取られるこの叔母の言葉を、津田はかえって好奇心で聞いた。
「じゃ叔母さんの眼に僕はどう見えるんです。遠慮なく云って下さいな」
叔母は下を向いて、ほどき物をいじくりながら薄笑いをした。それが津田の顔を見ないせいだか何だか、急に気味の悪い心持を彼に与えた。しかし彼は叔母に対して少しも退避《たじろ》ぐ気はなかった。
「これでもいざとなると、なかなか真面目《まじめ》なところもありますからね」
「そりゃ男だもの、どこかちゃんとしたところがなくっちゃ、毎日会社へ出たって、勤まりっこありゃしないからね。だけども――」
こう云いかけた叔母は、そこで急に気を換えたようにつけ足した。
「まあ止《よ》しましょう。今さら云ったって始まらない事だから」
叔母は先刻《さっき》火熨斗《ひのし》をかけた紅絹《もみ》の片《きれ》を鄭寧《ていねい》に重ねて、濃い渋を引いた畳紙《たとう》の中へしまい出した。それから何となく拍子抜《ひょうしぬ》けのした、しかもどこかに物足らなそうな不安の影を宿している津田の顔を見て、ふと気がついたような調子で云った。
「由雄さんはいったい贅沢《ぜいたく》過ぎるよ」
学校を卒業してから以来の津田は叔母に始終《しじゅう》こう云われつけていた。自分でもまたそう信じて疑わなかった。そうしてそれを大した悪い事のようにも考えていなかった。
「ええ少し贅沢です」
「服装《なり》や食物ばかりじゃないのよ。心が派出《はで》で贅沢に出来上ってるんだから困るっていうのよ。始終|御馳走《ごちそう》はないかないかって、きょろきょろそこいらを見廻してる人みたようで」
「じゃ贅沢どころかまるで乞食《こじき》じゃありませんか」
「乞食じゃないけれども、自然|真面目《まじめ》さが足りない人のように見えるのよ。人間は好い加減なところで落ちつくと、大変見っとも好いもんだがね」
この時津田の胸を掠《かす》めて、自分の従妹《いとこ》に当る叔母の娘の影が突然通り過ぎた。その娘は二人とも既婚の人であった。四年前に片づいた長女は、その後《のち》夫に従って台湾に渡ったぎり、今でもそこに暮していた。彼の結婚と前後して、ついこの間嫁に行った次女は、式が済むとすぐ連れられて福岡へ立ってしまった。その
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