人の飴屋《あめや》の前へ立つかと思うと、また此方《こちら》側へ戻って来て、金魚屋の軒の下に佇立《たたず》んだ。彼の馳け出す時には、隠袋《ポッケット》の中でビー玉の音が、きっとじゃらじゃらした。
「今日学校でこんなに勝っちゃった」
彼は隠袋の中へ手をぐっと挿《さ》し込んで掌《てのひら》いっぱいにそのビー玉を載《の》せて見せた。水色だの紫色だのの丸い硝子《ガラス》玉が迸《ほと》ばしるように往来の真中へ転がり出した時、彼は周章《あわ》ててそれを追いかけた。そうして後《うしろ》を振り向きながら津田に云った。
「小父さんも拾ってさ」
最後にこの目まぐるしい叔父の子のために一軒の玩具屋《おもちゃや》へ引《ひ》き摺《ず》り込まれた津田は、とうとうそこで一円五十銭の空気銃を買ってやらなければならない事になった。
「雀《すずめ》ならいいが、むやみに人を狙《ねら》っちゃいけないよ」
「こんな安い鉄砲じゃ雀なんか取れないだろう」
「そりゃお前が下手だからさ。下手ならいくら鉄砲が好くったって取れないさ」
「じゃ小父さんこれで雀打ってくれる? これから宅《うち》へ行って」
好い加減をいうとすぐ後《あと》から実行を逼《せま》られそうな様子なので、津田は生返事《なまへんじ》をしたなり話をほかへそらした。真事は戸田だの渋谷だの坂口だのと、相手の知りもしない友達の名前を勝手に並べ立てて、その友達を片端《かたっぱし》から批評し始めた。
「あの岡本って奴《やつ》、そりゃ狡猾《ずる》いんだよ。靴を三足も買ってもらってるんだもの」
話はまた靴へ戻って来た。津田はお延と関係の深いその岡本の子と、今自分の前でその子を評している真事とを心の中《うち》で比較した。
二十四
「御前《おまい》近頃岡本の所へ遊びに行くかい」
「ううん、行かない」
「また喧嘩《けんか》したな」
「ううん、喧嘩なんかしない」
「じゃなぜ行かないんだ」
「どうしてでも――」
真事《まこと》の言葉には後《あと》がありそうだった。津田はそれが知りたかった。
「あすこへ行くといろんなものをくれるだろう」
「ううん、そんなにくれない」
「じゃ御馳走《ごちそう》するだろう」
「僕こないだ岡本の所でライスカレーを食べたら、そりゃ辛《から》かったよ」
ライスカレーの辛いぐらいは、岡本へ行かない理由になりそうもなかった。
「そ
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