う説明を聞いた時、彼はまた叔父の窮策《きゅうさく》を滑稽《こっけい》的に批判したくなった。そうしてその窮策から出た現在のお手際《てぎわ》を擽《くす》ぐったいような顔をしてじろじろ眺めた。

        二十三

「真事、そりゃ好い靴だよ、お前」
「だってこんな色の靴誰も穿《は》いていないんだもの」
「色はどうでもね、お父さんが自分で染めてくれた靴なんか滅多《めった》に穿《は》けやしないよ。ありがたいと思って大事にして穿かなくっちゃいけない」
「だってみんなが尨犬《むくいぬ》の皮だ尨犬の皮だって揶揄《からか》うんだもの」
 藤井の叔父と尨犬の皮、この二つの言葉をつなげると、結果はまた新らしいおかしみになった。しかしそのおかしみは微《かす》かな哀傷を誘って、津田の胸を通り過ぎた。
「尨犬じゃないよ、小父さんが受け合ってやる。大丈夫尨犬じゃない立派な……」
 津田は立派な何といっていいかちょっと行きつまった。そこを好い加減にしておく真事ではなかった。
「立派な何さ」
「立派な――靴さ」
 津田はもし懐中が許すならば、真事《まこと》のために、望み通りキッドの編上《あみあげ》を買ってやりたい気がした。それが叔父に対する恩返しの一端になるようにも思われた。彼は胸算《むなざん》で自分の懐《ふところ》にある紙入の中を勘定《かんじょう》して見た。しかし今の彼にそれだけの都合をつける余裕はほとんどなかった。もし京都から為替《かわせ》が届くならばとも考えたが、まだ届くか届かないか分らない前に、苦しい思いをして、それだけの実意を見せるにも及ぶまいという世間心《せけんしん》も起った。
「真事、そんなにキッドが買いたければね、今度《こんだ》宅《うち》へ来た時、小母《おば》さんに買ってお貰い。小父《おじ》さんは貧乏だからもっと安いもので今日は負けといてくれ」
 彼は賺《すか》すようにまた宥《なだ》めるように真事の手を引いて広い往来をぶらぶら歩いた。終点に近いその通りは、電車へ乗り降りの必要上、無数の人の穿物《はきもの》で絶えず踏み堅められる結果として、四五年この方《かた》町並《まちなみ》が生れ変ったように立派に整のって来た。ところどころのショーウィンドーには、一概に場末《ばすえ》ものとして馬鹿にできないような品が綺麗《きれい》に飾り立てられていた。真事はその間を向う側へ馳《か》け抜けて、朝鮮
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