対にいつでも頭の外から来るような心持がした。両方を公平に取扱かっているつもりでいながら、彼は常に親疎《しんそ》の区別をその間に置いていた。というよりも、遠近の差等が自然天然属性として二つのものに元から具《そな》わっているらしく見えた。結果は分明《ぶんみょう》であった。彼は叱《しか》りながら己惚《おのぼれ》の頭を撫《な》でた。耳を傾けながら、半鐘の音を忌《い》んだ。
 かくして互いに追《おっ》つ追《お》われつしている彼の心に、静かな眠は来《き》ようとしても来られなかった。万事を明日《あす》に譲る覚悟をきめた彼は、幾度《いくたび》かそれを招き寄せようとして失敗《しくじ》ったあげく、右を向いたり、左を下にしたり、ただ寝返《ねがえ》りの数を重ねるだけであった。
 彼は煙草へ火を点《つ》けようとして枕元にある燐寸《マッチ》を取った。その時|袖畳《そでだた》みにして下女が衣桁《いこう》へかけて行った※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《どてら》が眼に入《い》った。気がついて見ると、お延の鞄《かばん》へ入れてくれたのはそのままにして、先刻《さっき》宿で出したのを着たなり、自分は床の中へ入っていた。彼は病院を出る時、新調の※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍に対してお延に使ったお世辞《せじ》をたちまち思い出した。同時にお延の返事も記憶の舞台に呼び起された。
「どっちが好いか比べて御覧なさい」
 ※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍ははたして宿の方が上等であった。銘仙と糸織の区別は彼の眼にも一目瞭然《いちもくりょうぜん》であった。※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《どてら》を見較《みくら》べると共に、細君を前に置いて、内々心の中《うち》で考えた当時の事が再び意識の域上《いきじょう》に現われた。
「お延と清子」
 独《ひと》りこう云った彼はたちまち吸殻を灰吹の中へ打ち込んで、その底から出るじいという音を聴《き》いたなり、すぐ夜具を頭から被《かぶ》った。
 強《し》いて寝ようとする決心と努力は、その決心と努力が疲れ果ててどこかへ行ってしまった時に始めて酬《むく》いられた。彼はとうとう我知らず夢の中に落ち込んだ。

        百七十八

 朝早く男が来て雨戸を引く音のために、いったん破りかけられたその夢は、半醒
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