なさま》はどこかお悪いんですか」
「うん、少し悪いんだ」
 下女が去った後《あと》の津田は、しばらくの間、「本当に療治の目的で来た客」といった彼女の言葉を忘れる事ができなかった。
「おれははたしてそういう種類の客なんだろうか」
 彼は自分をそう思いたくもあり、またそう思いたくもなかった。どっち本位《ほんい》で来たのか、それは彼の心がよく承知していた。けれども雨を凌《しの》いでここまで来た彼には、まだ商量《しょうりょう》の隙間《すきま》があった。躊躇《ちゅうちょ》があった。幾分の余裕が残っていた。そうしてその余裕が彼に教えた。
「今のうちならまだどうでもできる。本当に療治の目的で来た客になろうと思えばなれる。なろうとなるまいと今のお前は自由だ。自由はどこまで行っても幸福なものだ。その代りどこまで行っても片づかないものだ、だから物足りないものだ。それでお前はその自由を放《ほう》り出そうとするのか。では自由を失った暁《あかつき》に、お前は何物を確《しか》と手に入れる事ができるのか。それをお前は知っているのか。御前の未来はまだ現前《げんぜん》しないのだよ。お前の過去にあった一条《ひとすじ》の不可思議より、まだ幾倍かの不可思議をもっているかも知れないのだよ。過去の不可思議を解くために、自分の思い通りのものを未来に要求して、今の自由を放《ほう》り出そうとするお前は、馬鹿かな利巧《りこう》かな」
 津田は馬鹿とも利巧とも判断する訳に行かなかった。万事が結果いかんできめられようという矢先に、その結果を疑がい出した日には、手も足も動かせなくなるのは自然の理であった。
 彼には最初から三つの途《みち》があった。そうして三つよりほかに彼の途はなかった。第一はいつまでも煮え切らない代りに、今の自由を失わない事、第二は馬鹿になっても構わないで進んで行く事、第三すなわち彼の目指《めざ》すところは、馬鹿にならないで自分の満足の行くような解決を得る事。
 この三カ条のうち彼はただ第三だけを目的にして東京を立った。ところが汽車に揺られ、馬車に揺られ、山の空気に冷やされ、煙《けむ》の出る湯壺《ゆつぼ》に漬けられ、いよいよ目的の人は眼前にいるという事実が分り、目的の主意は明日《あした》からでも実行に取りかかれるという間際《まぎわ》になって、急に第一が顔を出した。すると第二もいつの間《ま》にか、微笑して彼
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