《ぬぐ》い去られるだろうか。自分ははたしてそれだけの信念をもって、この夢のようにぼんやりした寒村《かんそん》の中に立っているのだろうか。眼に入《い》る低い軒、近頃|砂利《じゃり》を敷いたらしい狭い道路、貧しい電灯の影、傾《かた》むきかかった藁屋根《わらやね》、黄色い幌《ほろ》を下《おろ》した一頭立《いっとうだて》の馬車、――新とも旧とも片のつけられないこの一塊《ひとかたまり》の配合を、なおの事夢らしく粧《よそお》っている肌寒《はださむ》と夜寒《よさむ》と闇暗《くらやみ》、――すべて朦朧《もうろう》たる事実から受けるこの感じは、自分がここまで運んで来た宿命の象徴じゃないだろうか。今までも夢、今も夢、これから先も夢、その夢を抱《だ》いてまた東京へ帰って行く。それが事件の結末にならないとも限らない。いや多分はそうなりそうだ。じゃ何のために雨の東京を立ってこんな所まで出かけて来たのだ。畢竟《ひっきょう》馬鹿だから? いよいよ馬鹿と事がきまりさえすれば、ここからでも引き返せるんだが」
この感想は一度に来た。半分《はんぷん》とかからないうちに、これだけの順序と、段落と、論理と、空想を具《そな》えて、抱き合うように彼の頭の中を通過した。しかしそれから後《あと》の彼はもう自分の主人公ではなかった。どこから来たとも知れない若い男が突然現われて、彼の荷物を受け取った。一分《いっぷん》の猶予《ゆうよ》なく彼をすぐ前にある茶店の中へ引き込んで、彼の行こうとする宿屋の名を訊《き》いたり、馬車に乗るか俥《くるま》にするかを確かめたりした上に、彼の予期していないような愛嬌《あいきょう》さえ、自由自在に忙がしい短時間の間に操縦《そうじゅう》して退《の》けた。
彼はやがて否応《いやおう》なしにズックの幌《ほろ》を下《おろ》した馬車の上へ乗せられた。そうして御免といいながら自分の前に腰をかける先刻《さっき》の若い男を見出すべく驚ろかされた。
「君もいっしょに行くのかい」
「へえ、お邪魔でも、どうか」
若い男は津田の目指《めざ》している宿屋の手代《てだい》であった。
「ここに旗が立っています」
彼は首を曲げて御者台《ぎょしゃだい》の隅《すみ》に挿《さ》し込んである赤い小旗を見た。暗いので中に染め抜かれた文字は津田の眼に入らなかった。旗はただ馬車の速力で起す風のために、彼の座席の方へはげしく吹かれ
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