階級なり、思想なり、職業なり、服装なり、種々な点においてずいぶんな距離があった。勢い津田は彼を遠くに眺めなければならなかった。しかし遠くに眺めれば眺めるほど、強く彼を記憶しなければならなかった。
「小林はああいう人と交際《つきあ》ってるのかな」
こう思った津田は、その時そういう人と交際っていない自分の立場を見廻して、まあ仕合せだと考えた後《あと》なので、新来者に対する彼の態度も自《おの》ずから明白であった。彼は突然|胡散臭《うさんくさ》い人間に挨拶《あいさつ》をされたような顔をした。
上へ反《そ》っ繰り返った細い鍔《つば》の、ぐにゃぐにゃした帽子を脱《と》って手に持ったまま、小林の隣りへ腰をおろした青年の眼には異様の光りがあった。彼は津田に対して現に不安を感じているらしかった。それは一種の反感と、恐怖と、人馴《ひとな》れない野育ちの自尊心とが錯雑《さくざつ》して起す神経的な光りに見えた。津田はますます厭《いや》な気持になった。小林は青年に向って云った。
「おいマントでも取れ」
青年は黙って再び立ち上った。そうして釣鐘のような長い合羽《かっぱ》をすぽりと脱いで、それを椅子《いす》の背に投げかけた。
「これは僕の友達だよ」
小林は始めて青年を津田に紹介《ひきあわ》せた。原という姓と芸術家という名称がようやく津田の耳に入った。
「どうした。旨《うま》く行ったかね」
これが小林の次にかけた質問であった。しかしこの質問は充分な返事を得る暇がなかった。小林は後からすぐこう云ってしまった。
「駄目《だめ》だろう。駄目にきまってるさ、あんな奴《やつ》。あんな奴に君の芸術が分ってたまるものか。いいからまあゆっくりして何か食いたまえ」
小林はたちまちナイフを倒《さか》さまにして、やけに食卓《テーブル》を叩《たた》いた。
「おいこの人の食うものを持って来い」
やがて原の前にあった洋盃《コップ》の中に麦酒《ビール》がなみなみと注《つ》がれた。
この様子を黙って眺めていた津田は、自分の持って来た用事のもう済んだ事にようやく気がついた。こんなお付合《つきあい》を長くさせられては大変だと思った彼は、機を見て好い加減に席を切り上げようとした。すると小林が突然彼の方を向いた。
「原君は好い絵を描くよ、君。一枚買ってやりたまえ。今困ってるんだから、気の毒だ」
「そうか」
「どうだ、この
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