んか」
「いや、もうほとんど止まりました」
出血の意味を解し得ない津田は、この返事の意味をも解し得なかった。好い加減に「もう癒《なお》りました」という解釈をそれに付けて大変喜こんだ。しかし本式の事実は彼の考える通りにも行かなかった。彼と医者の間に起った一場《いちじょう》の問答がその辺の消息を明らかにした。
「これが癒り損《そく》なったらどうなるんでしょう」
「また切るんです。そうして前よりも軽く穴が残るんです」
「心細いですな」
「なに十中八九は癒るにきまってます」
「じゃ本当の意味で全癒というと、まだなかなか時間がかかるんですね」
「早くて三週間遅くて四週間です」
「ここを出るのは?」
「出るのは明後日《みょうごにち》ぐらいで差支えありません」
津田はありがたがった。そうして出たらすぐ温泉に行こうと覚悟した。なまじい医者に相談して転地を禁じられでもすると、かえって神経を悩ますだけが損だと打算した彼はわざと黙っていた。それはほとんど平生の彼に似合わない粗忽《そこつ》な遣口《やりくち》であった。彼は甘んじてこの不謹慎を断行しようと決心しながら、肚《はら》の中ですでに自分の矛盾を承知しているので、何だか不安であった。彼は訊《き》かないでもいい質問を医者にかけてみたりした。
「括約筋《かつやくきん》を切り残したとおっしゃるけれども、それでどうして下からガーゼが詰《つ》められるんですか」
「括約筋はとば口にゃありません。五分ほど引っ込んでます。それを下から斜《はす》に三分ほど削《けず》り上げた所があるのです」
津田はその晩から粥《かゆ》を食い出した。久しく麺麭《パン》だけで我慢していた彼の口には水ッぽい米の味も一種の新らしみであった。趣味として夜寒《よさむ》の粥を感ずる能力を持たない彼は、秋の宵《よい》の冷たさを対照に置く薄粥《うすがゆ》の暖かさを普通の俳人以上に珍重して啜《すす》る事ができた。
療治の必要上、長い事|止《と》められていた便の疎通を計るために、彼はまた軽い下剤を飲まなければならなかった。さほど苦《く》にもならなかった腹の中が軽くなるに従って、彼の気分もいつか軽くなった。身体《からだ》の楽になった彼は、寝転《ねこ》ろんでただ退院の日を待つだけであった。
その日も一晩明けるとすぐに来た。彼は車を持って迎いに来たお延の顔を見るや否や云った。
「やっと帰れ
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